大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和58年(ワ)8657号 判決

原告

向田せい

外五八名

右原告五九名訴訟代理人弁護士

坂本吉勝

天野武一

海老原元彦

右訴訟復代理人弁護士

竹内洋

被告

ザ・ボーイング・カンパニー

右代表取締役

エム・ティー・スタンバー

右訴訟代理人弁護士

ジェームス・エス・足立

ダン・エフ・ヘンダーソン

宮武敏夫

藤田泰弘

直江孝久

若井隆

被告

ユナイテッド・エアー・ラインズ・インク

右代表取締役

ジェームズ・ジェー・ハーティガン

(日本における代表者)

コリン・ディー・ムレイ

右訴訟代理人弁護士

中元紘一郎

千田洋子

小林秀之

北澤正明

主文

一  原告らの本件訴をいずれも却下する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一請求の趣旨

1  被告らは、各自原告らに対し、別紙第二目録の各原告の請求額欄記載の金員(なお、別紙志和池晴子の請求額の合計は金九四六四万五九八〇円に、原告東昭邦及び同東マスの請求額の合計は各金六〇七一万八七四二円になる。)及び右各金員に対する昭和五六年八月二二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二請求の趣旨に対する答弁

1  本案前の申立

主文と同旨

2  本案に対する答弁

(一) 原告らの被告らに対する請求をいずれも棄却する。

(二) 訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一請求原因

1  原告らは、別紙第一目録記載の死亡者欄記載の者とそれぞれ同目録記載のとおりの続柄にある。

2  被告ザ・ボーイング・カンパニー(以下「被告ボーイング」という。)は、昭和四四年にボーイング七三七型旅客機(機体番号一九九三九)(以下「本件事故機」という。)をアメリカ合衆国(以下「米国」という。)ワシントン州において製造した者である。

3  被告ユナイテッド・エアー・ラインズ・インク(以下「被告ユナイテッド」という。)は、昭和四四年に本件事故機を被告ボーイングから買い受け使用した後、昭和五一年に米国カリフォルニア州において訴外遠東航空股有限公司(以下「訴外遠東航空」という。)に販売した者である。

4  訴外遠東航空は、昭和五一年に本件事故機を買い受け、中華民国交通部民間航空局(以下「民航局」という。)の認可を受けて、台湾における旅客運送に使用していた。

5  (本件事故の発生)

本件事故機は、昭和五六年八月二二日午前九時四五分に台北の松山空港を離陸した後、同日午前一〇時〇六分に高度二万二〇〇〇フィートに達したとの報告をしたが、同日午前一〇時〇九分に航空管制塔のレーダースクリーン上から消失して同時刻ころ墜落した。そのため、別紙第一目録の死亡者欄記載の日本人一八名を含む乗客及び乗務員の全員が死亡した。

6  (本件事故の原因)

本件事故機は、以下の二つの欠陥を有していた。

(一) 機体側壁骨組

与圧(航空機の客室内に圧力を加えた空気を供給すること)回数約三万二五〇〇回で機体側壁骨組に金属疲労による亀裂が生じる危険があつた。

(二) 貨物室底部の被覆パネル

本件事故機は、貨物室底部の被覆パネルとして、薄い金属板を重ね合わせ熱により接着したものを使用していたが、重合接着した金属板がしだいに剥離し、そのすき間にさびや腐食を生じる欠陥があつた。そして、この剥離、内部腐食は、パネルの強度を著しく減少させ、亀裂を生じさせる。

右二つの欠陥のため、本件事故機は、機体側壁骨組及び貨物室底部の被覆パネルが損傷し、飛行がある高度に達した時、機体内の加圧された空気と機体外の高空の低圧空気との圧力差を機体壁が支えきれなくなり、急速な破裂を生じ、破裂口から急激な圧力もれが起き、機体が切断分裂したため、墜落したものである。

7  (被告ボーイングの責任)

(一) 被告ボーイングは、右二つの欠陥を有し安全に航空の用途に供しえない欠陥航空機を設計、製造し、一般航空の用に供した。従つて、本件事故に基づく損害を賠償すべき義務がある。

(二) また、被告ボーイングは、本件事故機を製造した後数年を経過して、右二つの欠陥に気づいたが、本件事故機を回収して欠陥部分を補修、補強する等の適切な措置をとることなく、単にサービス通報(被告ボーイングから運航者に配布される通報)に右欠陥に関する情報を掲載したにすぎなかつた。

8  (被告ユナイテッドの責任)

(一) 被告ユナイテッドは、被告ボーイングから、前記欠陥のうち、機体側壁骨組については昭和四六年一一月三日付の、貨物室底部の被覆パネルについては昭和四九年二月八日付の各サービス通報によりそれぞれ通知を受けていたにもかかわらず、所要の補修を怠つたまま使用を続けた後、訴外遠東航空に本件事故機を売却した。従つて、被告ユナイテッドは、航空機を他の航空会社に販売するにあたり、右航空機が安全に航空の用に供しうることを確保すべき義務を怠つたのであるから、本件事故に基づく損害を賠償すべき義務がある。

(二) また、被告ユナイテッドは、訴外遠東航空に対して本件事故機を売却する際、前記サービス通報に記載された情報を訴外遠東航空に熟知せしめ、かつ訴外遠東航空を指導して欠陥の補修を行わせる義務があつたにもかかわらず、これを怠つた。

9  (損害の額及びその根拠)

各原告が被つた損害の額及びその根拠は、別紙第二目録記載のとおりである。

10  よつて、原告らは、被告らに対し、不法行為に基づく損害賠償として、各自別紙第二目録の各原告の請求額欄記載の金員及びこれに対する本件事故発生の日である昭和五六年八月二二日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うよう求める。

二裁判管轄に関する原告らの主張

本件については、わが国の裁判所に管轄がある。

1  まず、国際裁判管轄については、当事者間の公平、裁判の適正・迅速を期するという理念により条理に従つて決するのが相当であり、わが民事訴訟法の規定する裁判籍のいずれかがわが国内にあるときは、これに関する訴訟事件について、被告をわが国の裁判籍に服させるのが条理に適う。

2  (営業所の存在)

(一) 被告ユナイテッドは、日本に営業所を置き、業務を行つている。

(二) また、被告ボーイングについては、その子会社であるボーイング・インターナショナル・コーポレイション(以下「ボーイング・インターナショナル」という。)が日本に営業所を有し、被告ボーイングの製造した航空機その他につき宣伝広告、市場調査、販売等の事業活動を行つている。このボーイング・インターナショナルは、被告ボーイングと本店所在地、会社の目的を同じくし、その株式の全部を被告ボーイングが有している。さらに、被告ボーイングの別の子会社であるボーイング・コマーシャル・エアプレイン・カンパニーは、その民間契約部の拠点としてボーイング・インターナショナルの右営業所を使用し、被告ボーイングの航空機の販売活動を行つている。これらの被告ボーイングの子会社は、被告ボーイングとは別法人であるというよりはその内部的事業部門にすぎないというべきであり、ボーイング・インターナショナルの右営業所は被告ボーイングの営業所としての実態を有している。従つて、被告ボーイングも日本に営業所を有する。

3  (併合請求の裁判籍)

原告らの被告らに対する本件請求は、同一の原因に基づいて発生したものであり、被告ユナイテッドの普通裁判籍が日本にある以上、同被告に対する請求に被告ボーイングに対する請求を併合した本件訴については、わが国の裁判所が管轄権を有する。

4  (義務履行地)

民法四八四条によれば、被告らは原告らの現住所のある日本において本件損害賠償義務を履行すべきである。

なお、本件の準拠法は日本法であり、右民法四八四条の適用がある。

5  (不法行為地)

日本は、別紙第二目録記載の遭難者らの得べかりし利益の喪失地であり、原告らの損害発生地であるから、不法行為地である。

6  (証拠調について)

本件については、以下の理由により日本で証拠調を行うのが適切である。

(一) 本件事故機の欠陥に関する証拠は、米国に存在する。即ち、本件事故機の設計、製造工程に関する資料、証人、被告ボーイングが運航者に配布するサービス通報、米国の連邦航空局の耐空性改善指令等は、米国に存在する。また、被告ユナイテッドの本件事故機の訴外遠東航空に対する販売に関する資料も米国に存在し、これらについて日本の裁判所で証拠調をすることが可能である。

(二) 本件事故機の保守、整備に関しても、日本で証拠調を行うことが可能である。即ち、訴外遠東航空の保守計画の基本となつた被告ボーイング作成のマニュアル、保守、整備の実施に関する記録文書(事故調査報告書及びその附件等)、訴外遠東航空の保守、整備作業を監督、指導した被告らの社員については日本で証拠調をすることができる。

(三) 本件事故機の破片や計器については、民航局が事故原因を調査するにあたり米国に送られ、米国国家交通安全委員会等によつて科学的に検査、解析され、その報告書が事故調査報告書の附件の中に入つている。これについて日本で証拠調をすることができる。従つて、右破片等を検証する必要はない。

(四) 民航局による事故原因の調査に米国国家交通安全委員会の調査官二名等が参加しており、これらの者について日本で証拠調を行うことが可能である。

(五) 日本では、航空工学その他の専門家による鑑定を得ることができる。

(六) 本件事故の被害者に生じた損害に関する証拠は、日本に存在する。

(七) なお、原告ら(但し、向田保雄外一五名は除く。)は、昭和五六年に米国カルフォルニア州北部地区連邦地方裁判所に被告ら及び訴外遠東航空を被告として本訴と同旨の損害賠償請求訴訟を提起したが、被告らは、フォーラム・ノン・コンヴィニエンス(不便宜な法廷地)の法理による訴の却下を申立て、右連邦地方裁判所は被告らの右申立を認めて昭和五七年四月二七日に右訴を却下した。原告らは控訴したが、控訴裁判所は、原判決を維持した(以下、「前訴」という。)。従つて、被告らは、米国において裁判を受ける利益を放棄したものである。

7  (原告らの救済)

原告らが現実に司法救済を受けることのできる地は、日本以外にはない。

(一) 被告らは、原告らが台湾において訴を提起すべきであるとするが、台湾は、外国人に対し裁判を受ける権利を保障していない。台湾は、日本と正常な外交関係を持たず、かつ本件が台湾にとつて外国人間の訴訟であることから、台湾の裁判所が管轄がないと判断する可能性が大きい。

(二) また、台湾では、国内航空会社の航空事故に起因する旅客に対する損害賠償の額を法令をもつて低額に規制している。従つて、被告らの賠償額も低額の判決になる可能性がある。

(三) 原告らは、既に前訴に関して多額の出費をしたので、台湾で多額の費用をかけて訴訟をするだけの資力に乏しい。

(四) 台湾の裁判所では消滅時効の完成ないし除斥期間の経過を理由に、原告らが敗訴判決を受けるおそれがある。

(五) 台湾において原告らが勝訴の判決を得たとしても、強制執行を行うことができるか疑問であり、実効性を欠く。

8  他方、被告ボーイングは、大資本の会社で、同社製造の航空機は多くの航空会社によつて使用され、日本の空を縦横に飛び交つている。また、被告ユナイテッドは、米国第一の大航空会社で日米間航空輸送業務等を行つて日本において多大の利益をあげている。従つて、被告らは本件のような訴訟が日本で起こりうべきことは当然予測しうるのであり、日本の裁判所において応訴させても被告らに格別不当な不利益を強いるものではない。

9  なお、前訴の判決は、何ら日本の裁判所を拘束するものではない。

三管轄に関する被告らの主張

本件については、わが国の裁判所に裁判管轄はない。本件については、台湾の裁判所が適切な管轄裁判所である。

1  まず、国際裁判管轄についてわが国の民事訴訟法の裁判籍に関する規定を一応類推適用しうるとしても、その結果、日本の裁判所に裁判管轄権を認めることが条理に反することになるという特段の事情がある場合には、裁判管轄権を否定すべきである。

2  (営業所の存在について)

(一) 被告ユナイテッドの主張

わが国に営業所が存在することを理由として国際裁判管轄権が認められるのは、日本の営業所の業務に関する事件に限定すべきであるところ、被告ユナイテッドの日本の営業所は、本件事故に全く関係がない。また、国際裁判管轄の原因としての営業所は、わが国で応訴を強いられても独立に外国会社の利益を守りうる組織実態を備えたものでなければならないが、被告ユナイテッドの右営業所は、本件訴訟に応訴する能力も権限も有していない。

(二) 被告ボーイングの主張

ボーイング・インターナショナルは、被告ボーイングとは全く別の法人である。そして、ボーイング・インターナショナルの日本支店は、本件事故機の売却、本件事故の調査、本件訴訟のいずれにも関与していない。

また、ボーイング・コマーシャル・エアプレイン・カンパニーが、ボーイング・インターナショナルの日本支店を使用したことはない。

3  (併合請求の裁判籍に関する被告ボーイングの主張)

(一) 主観的併合については、特に国際事件の場合は、併合請求の裁判籍の適用は認めるべきではない。

(二) 被告ユナイテッドに対する裁判管轄については、被告ユナイテッドが主張するとおり、これを認めることができないから、被告ボーイングについて併合請求の裁判籍を認めることはできない。

(三) 製造物責任訴訟である本件では、本件被告ユナイテッドは被告たりえないが、原告らは被告ユナイテッドの営業所がたまたま日本にあることを奇貨とし、被告ボーイングに対する裁判管轄を生じさせるために被告ユナイテッドを被告としたものであり、正義に反する。

4  (義務履行地について)

不法行為事件については、わが民事訴訟法上も不法行為地に独立の裁判籍が認められており、不法行為地以外の義務履行地に裁判籍を認めることは、当事者間の公平に反する。

本件の準拠法は、法例一一条によれば、台湾法であり、わが民法四八四条の適用はない。

5  (不法行為地について)

(一) 被告ボーイングの主張

国際裁判管轄の根拠としての不法行為地は、物理的な不法行為地に限るべきであり、経済的損失の発生地は、含めるべきではない。

(二) 被告ユナイテッドの主張

製造物責任については、加害行為地としての物の製造地と結果発生地としての事故発生地が不法行為地であり、本件では日本はそのどちらでもない。

6  (証拠調について)

台湾とわが国とは国交がなく、司法共助によつて台湾に存在する証拠が調べられない以上、わが国の裁判所に管轄権は認められない。

(一) 被告ボーイングの主張

被告ボーイングは、後述するとおり、本件事故機に原告ら主張の欠陥が存在したことを否認し、仮に被覆パネルの内部腐食による損傷が事故原因であつたとしても、それはひとえに訴外遠東航空の本件事故機の不適切な使用、検査及び整備不良の結果であると主張するものであるが、原告ら主張のこれらの点に関する米国に存在する証拠は、訴外遠東航空の整備担当者、民航局の監督担当者、本件事故機の残骸など、台湾に存在する証拠に代替しうるものでない(なお、被告ボーイングの担当者は、訴外遠東航空の保守、整備作業を監督、指導したことはない。また、原告主張のサービス通報や連邦航空局の耐空性改善指令は、本件事故機に欠陥が存在したことを示すものではない。)。

(二) 被告ユナイテッドの主張

被告ユナイテッドは本件事故機の墜落についての責任を全て否認するものであるが、原告ら主張の事故調査報告書及びその附件については、その作成主体はあくまで民航局であり、その関係者の証言が得られなければ、事故報告書の証拠としての価値を決定することは不可能である。また、現在のところ、右附件の多くが欠落したままである。

原告ら主張の米国に存在する証人、証拠については、証人義務や文書提出義務等が及ばないため、わが国の裁判所に管轄権のあることの根拠となるものではない。

7  (原告らの救済について)

(一) 台湾の民事訴訟法は、不法行為地に関する裁判籍を規定しており、原告らが本件について台湾で訴を提起すれば、台湾の裁判所が裁判管轄権を行使することは自明である。

(二) 賠償額の高い裁判所を捜して訴訟を提起するのは、フォーラム・ショッピング(法廷地漁り)であり、許されるべきではない。

(三) 原告らが多数の集団であること、米国においても充分な訴訟活動を行つたことなどを考慮すると、台湾での訴訟追行は、原告らに対し困難を強いるものではない。

(四) 時効については、被告らは、原告らの本訴の取下又は却下判決確定後六か月以内に原告らが台湾で本件事故に関する損害賠償請求の訴を提起した場合には、台湾における同請求についての時効の利益を一切放棄する旨の意思を表示した。また、台湾民法の一九七条一項の一〇年の規定は、除斥期間ではない。

(五) 前訴において、被告らは、被告らが台湾において敗訴した場合には被告らはその判決に基づいて支払うことに同意する旨の条項を含む保証書を提出している。

逆に、原告らが、本訴において勝訴したとしても、被告らが財産を有する米国において右判決を執行することはできない。

8  (管轄に関する原告らの主張8について)

(一) 被告ボーイングの主張

被告ボーイングの航空機が日本で使用されていることは、裁判管轄権を認める理由とはならない。被告ボーイングは、台湾で証拠調を行わない限り、事故原因の立証に著しい困難を生じ、被告ボーイングにとつて不公平である。

(二) 被告ユナイテッドの主張

被告ユナイテッドが日米間の航空旅客輸送業務を開始したのは、昭和五八年であり、本件事故発生時においては右業務を開始していなかつた。また、被告ユナイテッドの日米間の国際旅客航空路は、赤字である。

9  (外国判決の効力)

前訴において米国連邦裁判所は、台湾が本件事故の審理に適切な法廷地であるとの判断を示したのであり、この判断は日本の裁判所をも拘束する。

四請求原因に対する被告ボーイングの認否

1  請求原因1の事実は知らない。

2  同2の事実は認める。

3  同3の事実のうち、被告ユナイテッドが昭和四四年に被告ボーイングから本件事故機を買い受けた事実は認め、その余の事実は知らない。

4  同4の事実のうち、訴外遠東航空が本件事故機を台湾において旅客運送に使用していた事実は認め、その余の事実は知らない。

5  同5の事実は認める。

6  同6の事実のうち、本件事故機が欠陥を有していたとの点は否認する。

ボーイング七三七型航空機のうちのあるものについて、長時間使用後、その機体骨組に小さなひびが発生したり、貨物室の周囲壁の被覆パネルにわずかな腐食が生じたことは事実であるが、これらは航空機を使用していれば起こりうる、ありふれた現象であつて、通常の修理によつて補修しうる。被告ボーイングは、これらの状態の発見、補修方法に関するサービス通報を訴外遠東航空に配布した。

本件事故機には、前部貨物室の被覆パネルにひどい腐食が生じていたが、これは訴外遠東航空が、本件事故機を適正に使用、整備することを怠つたからである。仮に右被覆パネルの内部腐食による損傷が事故原因であつたとしても、それはひとえに訴外遠東航空の本件事故機の不適切な使用、検査及び整備不良の結果である。なお、機体側壁骨組には、機体内気圧の低下の原因となりうるようなひび割れは発生していなかつた。

7  同7は争う。

8  同9は知らない。

9  同10は争う。

第三  証拠関係〈省略〉

理由

一本件は、訴外遠東航空所有の航空機が台湾国内において墜落した事故について、右事故によつて死亡した乗客の相続人等であると主張する原告らが、米国デラウエア州法に基づき設立され、同国ワシントン州内に本店を有する外国法人である被告ボーイング及び同国デラウエア州法に基づき設立され、同国イリノイ州内に本店を有する外国法人である被告ユナイテッドに対し、損害賠償の請求をするものであることは弁論の全趣旨及び訴旨自体から明らかであるから、本件訴については、まず、わが国の裁判所が裁判管轄権を有するか否かが問題となる。

二そして、このような外国法人を被告とする民事訴訟についての国際裁判管轄については、これを直接規定する法規もなく、また、よるべき条約も一般に承認された明確な国際法上の原則もいまだ確立されていない現状のもとにおいては、当事者間の公平、裁判の適正・迅速を期するという理念により条理に従つて決定するのが相当である。そして、わが国民事訴訟法の国内の土地管轄に関する規定に定められている裁判籍のいずれかが日本国内にあるときは、特段の事情がない限り、わが国の裁判所に管轄権を認めるのが、右条理に適うものというべきである。ここにいう特段の事情とは、わが国の裁判所に管轄権を認めることが、当該訴訟における具体的事実関係に照らして、当事者間の公平、裁判の適正・迅速を期するという理念に反する結果となるような事情を意味する。

三そうすると、まず、被告ユナイテッドについては、弁論の全趣旨によれば、東京都千代田区丸の内三丁目一番一号国際ビルディング二二八号室に登記された営業所を有することが認められるから、わが民事訴訟法四条の普通裁判籍が認められる。

また、被告ボーイングに対する請求に係る訴は、右のとおり日本に普通裁判籍のある被告ユナイテッドに対する請求に係る訴に併合して提起されたものであり、かつ、両請求は本件事故という同一の原因に基づく損害賠償の請求であるから、その訴についてはわが民事訴訟法二一条の併合請求の裁判籍が生じる余地がないではない。

さらに、原告らが日本に住所を有することは、弁論の全趣旨により認められるので、わが民法四八四条によれば、本件の被告らに対する訴はわが民事訴訟法五条の定める義務履行地の裁判籍が認められる余地も全くないとはいい切れない。

四そこで、以下、本件訴訟をわが国の裁判所において審理した場合に、当事者間の公平、裁判の適正・迅速を期するという理念に反する結果となるような特段の事情があるか否かについて判断する。

まず、裁判の適正・迅速という見地から検討する。

被告ボーイングは本件事故機に原告ら主張のような欠陥が存在したことを否認し、もしも本件事故機の貨物室被覆パネルの内部腐食による損傷が本件事故の原因であつたとすれば、それはひとえに訴外遠東航空の本件事故機の不適切な使用、検査及び整備不良の結果であると主張している。被告ユナイテッドも、同被告に責任があることを全面的に争つている。従つて、本件訴訟においては、本件事故の原因は何か、本件事故機に原告ら主張のような欠陥が存在したか否か、それとも本件事故の原因は訴外遠東航空による本件事故機の整備等の不良であるか否か等が最も重要な争点となるであろうことは明らかである。

そして、〈証拠〉によれば、以下の1ないし8の各事実を認めることができる。

1本件事故機は、昭和四四年五月に、米国ワシントン州において被告ボーイングによつて製造され、被告ユナイテッドに売却されて同被告が使用していた。その後、昭和五一年四月一六日に、米国カリフォルニア州において被告ユナイテッドから訴外遠東航空に対し売却され、引き渡された。訴外遠東航空は、本件事故機を台湾における旅客運送に使用していた。

2本件事故機は、昭和五六年八月二二日に台湾の台北から高雄に至る第一〇三定期便として、午前九時五四分に松山空港を離陸し、午前一〇時〇六分に高度二万二〇〇〇フィートに達したが、午前一〇時〇八分に航空管制塔レーダースクリーン上で二つに分裂し、午前一〇時〇九分には右レーダースクリーン上から消失してそのころ墜落した。

3本件事故について、民航局の事故原因調査小委員会が事故原因について調査をし、本件事故について「遠東航空公司波音七三七型B―二六〇三號機失事調査報告書」(以下「本件報告書」という。)を作成した。

4本件報告書には、本件事故の原因について、「今回の事故は、前部貨物室底部のさび腐食、構造の破裂破損と関連する可能性を排除できないが、貨物室被覆パネルのさび腐食及び骨組の破裂破損が、今回の本件事故機の事故のようにばらばらに分解するような状況を生じさせるのかどうか。収集できた資料、各種の鑑定及び分析の各面からみても確かな回答を得るのは難しい。」という趣旨の記載がされている。

5また、本件報告書には、被告ボーイングが昭和四九年二月に、サービス通報により、各航空会社に対し、ボーイング七三七型機の被覆パネルにつき、五〇〇〇から一万の飛行時間後にさびが生じ、張り合わせ面が分離することがあり、二年ごとに一回検査を行うように建議したこと、その後も被覆パネルの張り合わせ面の分離及び構造の破損が何回も生じたので、被覆パネルの取り替えに応じるため、設計を改善した被覆パネルの組合わせ一四九件を各航空会社に送つて取り替えてもらつたこと、昭和五六年一二月四日にサービス通報の改正を行つたときに、はじめて右規定を参考性のものから警告性のものに切り替えたこと等の記載がある。

さらに、被告ボーイングがボーイング七三七型機の機内の加圧循環試験分析を行つた結果、三万二五〇〇回加圧した後、貨物室の構造に裂け目が生じたので、昭和四六年一一月三日にサービス通報を発布して同型機の使用が二万五〇〇〇回の加圧に達したときは、構造と内部の骨組の改良工作を行うように建議した旨の記載もある。

6他方、本件報告書には、本件事故機の訴外遠東航空による保守・整備について、「三七〇ステーションの裏打ち板のリベットは長さが不足し、七三七型機構造修理ハンドブックの規定に合致していない。」とか、「被覆パネルの内側を肉眼で検査した結果、サービス通報の規定により定期的にさび止め剤を塗つている様子はみられなかつた。」との記載もある。

7本件事故機の機体の残骸のうち、操縦室録音記録、飛行資料記録、前部貨物室の被覆パネル等は、いずれも、米国国家交通安全委員会のテストと分析を受けた後、その結果が本件報告書の附件等に記載されるとともに、右残骸は、民航局に返還された。

8なお、民航局の事故原因調査小委員会の構成は、委員長はじめ委員は全て台湾人であるが、米国側から米国国家交通安全委員会の調査官二名が参加している。

以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

そうすると、まず、本件報告書は本件事故の原因について明確にせず、可能な原因を記載しているにすぎないから、本件報告書のみによつて本件事故の原因を認定することができないことは明らかである。

また、本件報告書の記載から、ボーイング七三七型機の貨物室底部の被覆パネルにさびが生じ、張り合わせ面が分離する可能性のあつたこと及び貨物室の構造に裂け目ができる可能性があつたことは認定できるにしても、これらのさび等が、被告ボーイングのサービス通報に基づいて補修をしていた場合であつても本件事故の原因になりうるものであつたのか否かについては、明らかではない。そして、実際、本件報告書には訴外遠東航空の保守、整備状況に問題があつたのではないかとの疑いを生じさせる記載もある。

そうすると、本件事故機に欠陥があつたのか否か、その欠陥が本件事故の原因となつたのか否かについて判断するためには、当然、訴外遠東航空の保守、整備状況が明らかにされなければならない。

そして、右の保守、整備状況に関する証拠方法としてまず考えられるのは、訴外遠東航空における保守、整備状況を記録した文書、訴外遠東航空の本件事故機の保守、整備の担当者、本件事故機の残骸である。

もつとも、〈証拠〉によれば、訴外遠東航空の保守、整備の状況につき、本件報告書の附件(附件22、23、25、26)や被告らの従業員の証言(本件報告書には、訴外遠東航空が昭和五一年一〇月にアジア航空公司に委託して行つた本件事故機の「大型保守」について被告ユナイテッドの担当者が監督した旨の記載がある。)が、一応、証拠となることが予想できる。

しかし、たとえば、右附件26は、その名称が「遠東航空公司B―二六〇三號機の機体下方被覆パネル構造の修理統計表」というものであり(この事実は、〈証拠〉により認められる。)、その統計表を作成する基礎となつた記録文書が存在していることを窺わせる。また、たとえ、被告らの従業員が訴外遠東航空の保守、整備に関与していたとしても、実際に保守、整備を担当していた訴外遠東航空の従業員の証言が証拠として重要であることは明らかである。

さらに、本件事故機の残骸についても、「機体残骸の各重要部分についての詳細な状況」というような文書が作成され、附件として本件報告書に添付されている(この事実は、前掲〈証拠〉により認められる。)が、残骸そのものが証拠として重要であることは明らかである。

また、本件報告書及び右に証拠となりうる文書として掲げた附件については、本件報告書の作成主体である事故原因調査小委員会の委員等その作成に関与した者を証人として調べる必要も生じることは、容易に予想しうるところである(右委員会には、米国側からの参加者のあつたことは前認定のとおりであるが、作成主体である右委員会の委員等の証言が証拠として重要であることは明らかである。)。

そして、以上述べた訴外遠東航空の記録文書、保守、整備の担当者、本件事故機の残骸、事故原因調査小委員会の委員等の本件事故の原因を審理するために重要な証拠ないし証拠方法は、いずれも台湾に存在するものと推認されるところ、わが国と台湾の間には現在正常な国交がなく、これらの証拠ないし証拠方法をわが国の裁判所が司法共助により利用することができないことは当裁判所に顕著である。しかし、これらの証拠をわが国の裁判所が使用できないとすれば、本件事故機に欠陥が存在し、その欠陥が本件事故の原因になつたのか否かについて、わが国の裁判所が証拠に基づく適正な裁判を行うことは著しく困難であるといわざるをえない。

従つて、本件訴訟をわが国の裁判所において審理、判断する場合には、裁判の適正を期するという理念に反する結果となるおそれがあるというべきである。

なお、米国の連邦航空局の耐空性改善指令(甲第二八、第二九号証)は、その記載内容から航空機の運航に必要な検査、修理、改善のあり方について記述したものであることが明らかであり、それによつて、直ちに指令の対象となつている種類の航空機に欠陥の存在することを認定できるわけではない。

また、原告らが、訴外遠東航空による本件事故機の保守、整備に不十分な点がなかつたことを示す証拠として提出している甲第三号証、第一五号証、第一六号証の一ないし三(なお、甲第一五号証、第一六号証の一ないし三は、甲第三号証の附件であるとされている。)については、甲第三号証の作成者が台湾人であることがその記載から推認でき、作成者の証人尋問等によつてその成立及び内容の信用性についての審理をすることができない以上、これらを直ちに採用して訴外遠東航空の保守、整備に不十分な点がなかつたとすることはできない。

五次に、本件訴訟についてわが国の裁判所が管轄権を有しないとされ、その結果原告らが台湾において損害賠償請求訴訟を提起せざるをえないことになつた場合に、当事者間の公平等の見地からこのような結論を不当とする何らかの事由があるか否かについて検討を加える。

1まず、台湾の裁判所が原告らの訴について管轄権がないとして、却下するのではないかが問題となる。

〈証拠〉によれば、原告ら(但し、一部の者を除く。)は、昭和五六年一二月一八日に米国カリフォルニア州北部地区連邦地方裁判所に被告ら及び訴外遠東航空を被告として本件事故に基づく損害賠償を請求する訴を提起し、同裁判所は昭和五七年四月二七日に台湾が適切な法廷地であるとしてフォーラム・ノン・コンヴィニエンス(不便宜な法廷地)を理由に訴を却下したが、その際、同裁判所は、その「意見及び命令」において、台湾の裁判所は右訴について管轄を有する旨の判断を示していること、同裁判所に提出された被告側の鑑定人である台北の弁護士であり法学部教授であるチャン・ベン・チェン博士の宣誓供述書の中で、同博士は、「不法行為であると主張されている行為に起因する損害が台湾で発生したので、台湾の裁判所は台湾の民事訴訟法典に従い本件について管轄権を有する。」と述べていることが認められる。

右の米国連邦地方裁判所の判断ないし同裁判所の依拠する右鑑定人の見解に疑問を差しはさむべき根拠は何ら見出せないし、本件原告らも右の判断ないし見解が誤りであるとする資料を何ら提出していないから、当裁判所も右の判断を正当として是認することとする。

2原告らは、前訴において多額の出費をし、再び台湾において費用をかけて訴訟を行うだけの資力に乏しい旨の主張をする。しかし、これを裏付ける証拠は提出されていない。また、〈証拠〉によれば、前訴における裁判所の「意見及び命令」では、台湾においては、支払う資力のない者については「提訴料」の支払が免除される訴訟上の救済が受けられる可能性があることが指摘されていることが認められる。

3台湾の裁判所が時効期間の経過を理由に原告らの請求を棄却する可能性については、被告らが本訴において、本訴の取下又は却下判決確定後六か月以内に原告らが台湾で本件事故に関する損害賠償請求の訴を提起した場合には、台湾における同請求についての時効の利益を一切放棄する旨を述べていることは当裁判所に顕著である。

なお、台湾の裁判所が除斥期間の経過を理由に棄却する可能性があるという点については、これを認めるに足る資料がない。

いずれにしても期間の経過は、原告らが米国及びわが国の裁判所に訴を提起したことによるものであつて、原告らの責に帰すべきことである。

4台湾の裁判所において勝訴した場合、原告らがその判決を執行できるか否かについては、〈証拠〉によれば、被告らは、前訴において「被告らは、原告らが台湾の裁判所に提起する訴訟につき台湾の裁判所が下すかもしれない被告ら敗訴の判決を履行することに同意する。」旨の保証書を提出したことが認められる。

従つて、台湾の裁判所における勝訴判決の実効性については、これを危惧すべき理由はない。

以上の事実を考慮するならば、原告らが台湾において本件事故に関する損害賠償請求の訴を提起すべきであるとすることは、格別原告らにとつて不公平、不当であるということにはならない(なお、台湾の裁判所では被告らの賠償額が低額の判決になる可能性があるという点は、国際裁判管轄権の決定にあたつて本来考慮すべき事情ではない。)。

六以上のとおり、本件訴訟をわが国の裁判所において審理する場合には、裁判の適正を期するという理念に反する結果となるおそれがあり、また、原告らが台湾において本件損害賠償請求の訴を提起せざるをえないとしても格別当事者間の公平という理念に反する点は見出せないのであるから、結局本件訴訟についてはわが国の裁判所に管轄権を認めることは相当ではないと考えるべき前記特段の事情があるものといわざるをえない。

七以上の検討によれば、原告らの本件訴は、いずれもわが国の裁判所に管轄がなく不適法であるから、これらを却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官矢崎秀一 裁判官氣賀澤耕一 裁判官都築政則)

第一目録、第二目録〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例